Japan Cloudでは以前からバイロン・ディーター氏を取材する機会を待っていました。

ディーター氏はBessemer Venture Partners社のパートナーであると同時に、エンタープライズクラウド業界における著名な投資家の1人であり、この業界を代表する人物です。今回のインタビューでは、クラウドの現状、ベンチャーキャピタル業界、グローバル展開するスタートアップ企業、またもちろん日本について、詳細にお話を伺いました。ディーター氏の見解は興味深く、示唆に富むものであると感じていただけると思います。  

インタビューは2部構成(前編と後編)にしました。今回は後編で、前編はこちらです。

開示情報: ディーター氏はJapan Cloudに投資している投資家の1人です。

アルナ: ご存知のように、私たちJapan Cloudのミッションは、業界をリードするSaaS企業を日本市場に紹介し、その成長を支援することですが、スタートアップ企業は、グローバル展開に関する知識はどの程度あるのでしょうか   依然としてほとんどが製品にフォーカスしているのでしょうか。 それともグローバル規模の成長に対する意識を持っているのでしょうか。

バイロン: クラウドやモバイルがもたらしたプラスの効果の1つが、企業のライフサイクルのずっと早い段階でグローバルな機会を認識できるようになったことだと思います。  

多くの企業が、早い段階からグローバル規模で顧客への販売を行っています。従業員も創業初期からグローバルですし、拡張性や多言語、多通貨、複雑な統合環境といった考え方をはじめから備えています。  アーキテクチャの観点から見ると、これらの企業の製品は以前よりもしっかりとした作りで、導入初日からグローバル対応が可能です。  またローカライズもかなり容易に行えるので、より短期間で展開できます。  

ただし、各地域でのGo To Market(GTM、市場展開)はより複雑です。製品主導のボトムアップ式の企業の場合、誰もが予想できなかったような形で導入が進む場合があります。  

エンタープライズ企業であれば、エンタープライズを対象にした製品と販売の形があり、その販売プロセスはより明確な段階を踏んで行われる傾向があるとともに、複数の地域を網羅して、より目的特化型である必要があります。  

またセールス部門およびビジネス開発部門を確立し、マーケティングリソースを確保し、ターゲットとする地域におけるスキルを開発してから、より戦略的で直接的なセールス活動を展開する必要があります。

アルナ: グローバル展開をどのように進めればいいのかというアドバイスはスタートアップに対して提供していますか?  それらのスタートアップのグローバル展開において、御社はどのような役割を果たしていますか?

バイロン: それは、タイミングと地理的な優先付けの両面において、取締役会レベルで非常に活発に話し合っている部分です。  そして、その後に高い頻度で同等レベルの複数の企業、Japan Cloudのような各地域の専門家、またGTM戦略のプロフェッショナルを交えた一連のオフラインディスカッションの場を設けています。 

市場には、企業からの積極的な販売活動(「プッシュ」)と市場からのニーズ(「プル」)のマッチングのような関係があります。優れた企業は顧客からの求めに応じる形で各地域に進出することも珍しくありませんが、これはその市場への適合度および具体的なニーズを示す重要な指標になり得ます。 

こういったことを含め、各社が市場や地域でどのようなシグナルを見ているのか、市場への参入に際してどのようなリスクが考えられるか、参入に伴うコストやタイミング、必要な段階の設定など、各企業と何度もディスカッションを重ねます。

IPOが近付いてきたら、個々の活動についてIPO前(Pre-IPO)の活動とIPO後(Post-IPO)の活動に区別することや、西欧に事業展開するのか、アジア地域および南アジアに事業展開するのかといったことを明確にしていきます。 

そのための優先付けもしなければなりません。これは、企業の規模およびどの段階にあるのかといったことによって変わってきます。すべての企業にあてはまる解はありませんが、摩擦の少ないセールスモデル、つまり顧客に対してロータッチな営業モデルを有している企業の方が、より早い段階でより積極的にこれを行う傾向があるように思います。

より重厚なプッシュベースのセールスモデルを展開している企業は、対象の地域における優先付けをより目的に特化した形で行わなければならず、多くの場合西欧市場へIPO前に参入しますが、他の世界市場への展開はIPO後まで待たなければなりません。


エンタープライズ市場におけるProduct Led Growth (PLG、製品主導の成長モデル)

福田: エンタープライズにおける摩擦の少ない」成長モデルについてもう少し詳しくお話しいただけますか?

バイロン: 摩擦のない成長は取引規模と高い相関性を持つ傾向があるので、ACV(年間契約額)を指標にすることができます。また各営業担当者のノルマに見ることもできますし、システムエンジニアや営業担当者、ビジネス開発担当者とAE(アカウントエグゼクティブ)の比率で見ることもできます。

ただし、基本的には販売プロセスでどれほどの関与が必要なのか、製品に求められるプッシュのレベル、GTM活動をどこまで目的特化型にする必要があるのかといったことによって決まります。  

このため、ますます多くの企業がハイブリッドモデルを採用して、市場展開において摩擦が少ない製品を構築し、これを販売につなげて加速させています。 

このような企業の好例が豪州のCanvaです。同社は、当初より非常にセルフサービス指向なプルベースの製品をグローバル市場に販売していますが、これを基盤にさらにエンタープライズ市場をターゲットにした販売活動を展開しています。

福田: PLGを遂げ、その後エンタープライズ市場へとターゲットをシフトしたSlackやDropbox も、Canvaに似ていますね。両社とも、エンタープライズ企業を担当するAEを数多く擁しています。これらの企業は、どこかのタイミングでエンタープライズセールスにシフトする必要があると思いますか。 それともPLGオンリーの企業として生き残ることができるでしょうか。 御社のポートフォリオにあるこれらの企業にどのようなアドバイスを送りますか。

バイロン: 今私は、「OR」すなわちどちらか一方ではなく、「AND」すなわち両方という見方をするようにしています。GTMとしては、有機的な導入と容易なオンボーディングを通じて市場からのプルを引き出せる魅力的な製品を用意することが理想ですが、さらにエンタープライズバリューを提供するとともに、アップセルおよび販促を進められることも必要です。これこそが数年前のAtlassian モデルであり、Twilioモデルであり、Canvaモデルです。Zoomは、自社独自のモデルを確立しようとしています。プッシュベースで強化したセールスによってPLGを強化することが、本当の意味で理想です。これによって両方のいいとこ取りができるだけでなく、最大限自社の運命を延ばすとともにコントロールできるようになります。  

有機的な成長の良い点は、効率的であるという点です。逆にマイナスなのは、完全に制御することができないということ、また速度が鈍化しはじめたらインパクトを与えることが非常に難しくなることです。 

一方、既知のプログラム的なアウトバウンドの活動を基盤にできるなら、目標とする成長率に合わせてGTM支出の増減を調整するという選択肢もあります。もちろん、これらのモデルも時間の経過に伴い状況にそぐわなくなる部分も出てくると思いますが、いずれにしても両方の組み合わせは非常に高い効果を発揮できます。これらを踏まえ、当社がお付き合いをしている企業の少なくとも3分の1は、この組み合わせから利益を得ることができるだろうと言えます。


日本は「謎に満ちた市場」

アルナ: そのように多くの企業がグローバル展開を進めている中で、日本はどのような位置付けにあるとお考えですか? 日本は厳しい市場であると認識されていると思いますが、それでも日本でビジネスをしなければならないわけですよね。 

バイロン: 当社を含め、米国を拠点にする企業にとって日本は簡単には理解することができない謎に満ちた市場の1つですが、だからこそお互いに大きなワクワク感を生み出しているという側面もあります(笑)。 

余談になりますが、私が一起業家だった頃、顧客の中には日本の企業も2社いらっしゃいました。これは非常に明確な目的のある取引だったのですが、この販売プロセスを通じて日本は世界最大のソフトウェア市場の1つであること、またソフトウェアの素晴らしい買い手と消費者がいることを認識しました。

一方で、市場展開におけるGTMのニーズ、活動、ダイナミクスは他の市場とは大きく異なっていました。こういった背景から、21年前にこれらの重要なお客様との関係の中で、日本がいかにユニークな市場かということを学んだのです。 

日本市場の可能性を明確に示した好例がSalesforceでしょう。日本市場は本質的に複雑で、巨大で魅力的でありながらそのポテンシャルを引き出すのは非常に難しく、カナダや英国、さらに言えば西欧の他の地域など、隣接するいくつかの市場よりもはるかに目的を明確に絞った戦略が必要です。

アルナ: スタートアップはその点を認識しているでしょうか。

バイロン: ほとんどのスタートアップは認識していると思います。そのため、日本市場に手を出そうとすらしていません。日本市場は難しい。それをそのまま受け入れているわけです。ほとんどはIPOを果たしてからある程度の期間を経た後のタイミングで進出するつもりだと口にするのみで、結果として大部分のスタートアップは日本市場を取り上げることすらしません。 

これは、重要なメッセージであると思います。すなわち規模が助けになるとともに、他の市場における成功が実際にいくらかの摩擦を取り除く役割を果たすということです。  市場へのメッセージング、周知、採用、相対リスク、投資がもたらすメリットは、複数年にわたる取り組みであることが必要です。これらは自社戦略の大きな柱でなければならず、すべての準備が整うまでは手を出さない方が賢明でしょう。

直接販売に成功した企業の例はそれほど多くありません。Salesforce Venturesのポートフォリオ企業にはある程度の成功を収めている企業が数多くあり、もちろんSalesforce 自体も成功しています。  

当社のポートフォリオでも一握りの企業が成功を収めており、もちろん、そのうちの数社はnCinoを含めてJapan Cloudと関係を有しています。ポートフォリオ企業ではありませんが、Coupaも同社と緊密な関係にある企業です。

規模という点では中国という巨大な市場がありますが、中国は対応することが非常に難しく、恐らくは「手を出してはいけない」部類に含まれると思います。 

したがって難しさのレベルという意味では、中国は最難関レベルにあるわけです。その対極のレベルにあるのが、比較的アクセスしやすい西欧市場です。  日本は、両者の中間辺りに位置しています。優先付けという観点から見れば、間違いなく隣接する他の地域の後になるでしょう。


「Run fast and have fun」

福田: 日本のSaaSスタートアップへのアドバイスをいただけますか。

バイロン: Run fast and have fun、全力で走って楽しむことということです。日本の国内市場は、本当に魅力的だと思います。これは、国内プロバイダーにとってエキサイティングなリプラットフォームに参加するチャンスです。もちろんグローバル市場に事業を展開する機会もあります。

まだ追い風が吹いている今こそ、行動のときです。クラウドへの移行は絶対に避けられないという事実、また「他の市場を見て学ぶことができる」といった経験の優位性を、最大活用する必要があります。  

まずはクラウドへの移行を実現し、この次世代プラットフォームの利点を活かすことで、メリットを手にし、速やかに流れに乗り、うまくいけば世界の他の部分を一足飛び越える機会を得られます。Cloud 2.0サーバーレスアーキテクチャなど日本の起業家にとってチャンスだと思います。

アルナ: 最後の質問となりますが、今最も気がかりに思うこと、心配に感じていることは何ですか。

バイロン: 当社がお付き合いしている多くの企業には、ロシアとウクライナの両方で働いている方々がいらっしゃるのですが、今一番気がかりなのはこれらの皆さんのことです。いずれの国にも当社のリミテッドパートナーは存在せず、また財務上のリスクもありません。  

しかし、当社が取引している企業の創業者の中には、ロシアやウクライナに従業員がいる方や、家族がいる方もいらっしゃいます。今朝の話ですが、ある企業はロシアから70人を出国させるために民間航空便をチャーターしました。先週ウクライナでも、別のグループが同じことを行いました。いずれも、ただ大切な人たちを守ろうとしているだけです。このような状況が、今の私にとって一番気がかりなことです。

ビジネスに関しては、地政学的な不安定さや世界が景気後退に向かっているかどうかといったことは私たち自身も含めてあらゆるビジネスに影響を与える要因ですが、クラウドへの移行という基本的な流れが止まることはないので、あまり心配していません。  

いずれにしても、クラウド企業は他の大多数の企業よりも高いレジリエンシー(回復力)を備えていると、自信を持って言えます。