スケールの本質 ─ 企業の成長過程で見えた勝ち筋とは - Japan Cloud Leaders Summit 2025 イベントレポート④
橋本 智子
スケール成功の秘訣を探る ─ 成長戦略とリーダーシップの最前線
Japan Cloud Leaders Summit in Karuizawa、Day1社長パネルディスカッション②「顧客基盤の広げ方 ─ 信頼構築と初期アプローチの勘所」に続き、第三部では、Braze、Kong、Coupaの3社の社長が登壇しました。テーマは「スケールの本質」。0から30人、30から100人、そして100人以上と組織が拡大する中で、どのように成長を続け、カルチャーを築き、勝ち筋を見出してきたのか。組織スケールのリアルな課題と解決策を、現場を率いる社長たちの視点で熱く語っていただきました。
登壇者
- Braze 水谷 篤尚 / Kong 有泉 大樹 / Coupa 反町 浩一郎
- モデレーター:Japan Cloud 福田 康隆
本セッションのトークテーマ
- 0〜30人、30〜100人、100人以上とスケールする中で、最も印象的だった壁は?どう乗り越えた?
- 「成長の鍵」と言える分岐点は?急拡大の中で変えてよかったこと・守るべきだったことは?
- 営業マネージャーから社長になってどんな変化やチャレンジがあるか?キャリアを振り返って次世代リーダーに伝えたいこと
0〜30人、30〜100人、100人以上とスケールする中で、最も印象的だった壁は?どう乗り越えた?
「30人・100人の壁」を超えるためのリーダー育成とカルチャー戦略

水谷(Braze)私はこれまでのキャリアで、何度も「組織の壁」というものに直面してきました。特に、0から30人のフェーズでは、自分が直接全員を見て育て、案件もハンズオンで進められる規模です。しかし30人を超えると、一人の力ではカバーしきれない。ここを突破するには、右腕・左腕となるリーダーを育成し、任せる勇気が必要になります。
30から100人のフェーズは、もっと厄介です。組織の中で多様な考え方がぶつかり、カルチャーが崩れやすくなる。私が過去に立ち上げた事業部では、5人の創業メンバーで“離脱者ゼロ”という約束を掲げました。どんな困難があっても仲間を見捨てず、助け合う文化を守る。これがあったからこそ、1年で30人から100人規模にスケールできました。
100人を超えるフェーズは、もはや「会社」としての成熟が求められます。ここでは、現行マネージャーだけでなく、次世代のリーダー候補をどう育て、組織の骨格を強化するかが重要です。Brazeは今60人強の規模ですが、これから100人、200人と伸ばす中で、私が最も重視しているのはカルチャーの維持と進化。単に人数を増やすのではなく、「共通の価値観」を持つチームを築くことが、スケール成功の土台だと思っています。この基盤を大切にできるかどうかが、組織が長期的に成長し続けられるかを決定づけると信じています。
ゼロから30人の立ち上げ期に求められる「採用とカルチャー作り」
有泉(Kong)私のキャリアの大きな節目は、前職で営業4人目としてビジネス立ち上げに参画したことです。当時は市場そのものが存在しない状態。コンセプトや価値そのものをお客様に理解してもらうことから始める必要がありました。

0から30人のフェーズは、本当にカオス。尖った人材が集まり、誰もが自分のやり方に強い信念を持っています。最初の課題は「全員のベクトルを合わせる」こと。経営やカルチャーのコアをぶらさずにメッセージを繰り返し、共通のゴールを社員全員が理解することが大切です。
30人を超えると、新しい仕組みづくりなど複数の役割を兼務しなければならない状況が続きます。振り返ると、この時期に「バスに誰を乗せるか」という採用の質が非常に重要でした。最初に入ってくるメンバーが組織のDNAを決めるからです。
今のKongはまさに0〜30人の立ち上げフェーズの延長にあります。だからこそ、営業こそがカルチャーをリードする気持ちで、元気で一体感のある組織を意識的に作っています。スケールには人がすべてだと、今も痛感しています。この初期メンバーの熱量が、これからの成長曲線を描く最大の推進力になると確信しています。
コンフリクトを乗り越える「徹底対話」の重要性

反町(Coupa)私が30〜40人規模の壁を強く感じたのは、過去に公共分野に特化した新規事業部を立ち上げたときです。初期のゼロイチフェーズでは、全員が『新しいことを仕掛ける』という共通の情熱で動いていました。しかし、成果が出てくると「何を評価し、どう次につなげるか」で意見が割れます。この分析フェーズでコンフリクトが起こるのです。
当時、私は経営企画室で参謀のような役割を担い、事業部長やメンバーと徹底的に議論を重ねました。対立が起きたら、逃げずに向き合い、しこりを残さない。ここであやふやなまま進めると、後に尾を引き、成長が止まる。これを経験して以来「壁は、徹底的な対話と解決によって乗り越える」という信念を持つようになりました。
今のCoupaも、100人規模を目指すフェーズです。カルチャーを守りながらクオリティを優先し、無理な成長ではなく「堅実なスケール」を追求しています。
「成長の鍵」と言える分岐点は?急拡大の中で変えてよかったこと・守るべきだったことは?
成長モデルを見直し「収益性」を高める決断
水谷(Braze)私の中で忘れられない分岐点は、過去に担当した事業で、利益モデルを大胆に見直し、お客様との関係性を再構築したことです。従来のやり方では採算が合わず「このままでは健全な組織でいられない」と覚悟を決め、チームで議論した末に大胆な価格交渉に踏み切り、収益構造を改善することができました。背水の陣で臨んだ決断でしたが、結果として売上が大幅に伸び、組織の士気が一気に高まりました。この成功体験から学んだのは、「不合理を放置せず、リスクを取ってでも健全な成長モデルを作る」ということです。
Brazeでも、今まさに分岐点を迎えています。これまでのビジネスはコマーシャル領域が中心でしたが、これからはより大規模なエンタープライズ案件を増やし、100人、200人規模の組織に進化させる段階です。「どの市場で勝つか」を明確に決めて動く時期だと考えています。今年と来年の取り組みが、未来の成長曲線を決定づける“勝負の時間”だと思っています。
象徴的な事例の戦略的創出と案件単価向上が鍵
有泉(Kong)これまでのキャリアで分岐点となる経験は「ヘッドピンとなる大型顧客事例がビジネスの流れを変える」ことです。最初は小さな契約を積み重ねていましたが、大規模で象徴的な顧客事例を獲得したことで、市場認知が一気に高まると同時に社内外に大きな信頼を生み、次の成長曲線を描くきっかけとなりました。このことから「小さい案件を追いすぎず、戦略的にリソースを集中させる」ことが成長の鍵だと学びました。小さな案件を数多く追うことは、初期段階では必要ですが、規模を拡大していくフェーズではむしろリソースを分散させ、成長スピードを鈍らせるリスクがあります。だからこそ、象徴的な大型事例を作り、それを起点に市場全体へインパクトを波及させることが重要なのです。
さらに、案件単価を戦略的に引き上げる重要性も実感しました。現場視点の製品価値から、経営層が注目する「企業成長」や「ビジネス変革」に直結する価値を前面に出し、経営レベルの投資対効果を語るポジショニングにメッセージを変えたことで、結果的に案件単価が上がりより大規模な案件を創出できるようになりました。
Kongでも、API基盤という技術的なソリューションを「現場の課題」ではなく「経営課題」として位置付け、戦略的に提案していくことを重視しています。大きな価値を生み出す事例にフォーカスし、そこから市場全体に広げることが、次の成長ステージにつながると確信しています。
「桃太郎エクスペリエンス」でチームを成長軌道に乗せる
反町(Coupa)ビジネスが成長していく中で重要なのは、成功の「量ではなく質」をどうコントロールするかです。数字だけを追うと短期的には成果が出ても、後になって組織は疲弊します。ではどう質を上げるか。私は「全員で成功体験を共有する」ことを大事にしています。
私はこれを「桃太郎エクスペリエンス」と呼んでいます。猿、キジ、犬といった異なる強みを持つ仲間が、一丸となって挑戦し、勝利を収める。この体験をチーム全員で分かち合うことで、カルチャーが強化され、次の成長フェーズでの推進力になる。Coupaも今、まさにこの「鬼退治」に向かうフェーズだと思っています。
こうした共闘の経験は、言葉で伝えるだけでは決して根付かない。だからこそ、組織として「成功のストーリーを共に作る場」を意識的に増やすことが、長期的な成長の原動力になると信じています。そして、この経験を積んだ人材こそが、将来のリーダーとなり、次の挑戦を牽引していくのです。
営業マネージャーから社長になってどんな変化やチャレンジがあるか?キャリアを振り返って次世代リーダーに伝えたいこと
営業マネージャーから経営者へ──視座を変えるリーダーシップ
水谷(Braze)営業マネージャー時代は、目の前のKPI達成が全てでした。社長になると、視座が一気に変わる。 事業全体を見渡し、「どこにリソースを投下すれば最も事業成長につながるか」を自分で決める責任があります。数字だけではなく、事業を構成するあらゆる要素に目を配りながら、会社としての最適解を考える必要があります。
そしてもう一つ、大きく変わるのがグローバル本社との信頼構築です。外資系企業では、日本市場の成長ポテンシャルと戦略的な動きの必要性を、本社に正しく理解してもらわなければなりません。「この投資がどう企業全体の成長に貢献するか」を明確に示し、説得力のあるストーリーを描くことが不可欠です。日本独自の市場特性や顧客ニーズをグローバルに咀嚼して伝え、本社の意思決定に影響を与えるという高度な交渉力が求められる場面でもあります。
次世代のリーダーに伝えたいのは、「カルチャーを体現し、チーム全体を元気にするリーダーであれ」ということです。営業が元気なら会社は伸びますし、その勢いが組織全体に波及します。自分自身が会社の“推進力”になると意識した瞬間、リーダーとしての成長スピードは一気に上がると実感しています。
「コーチャビリティ」がキャリアを切り拓く
有泉(Kong)営業からカントリーマネージャーになって、最も大きな変化は「レバーを引く位置」を自分で決めるようになったことです。どの部門に投資するか、どの施策を優先するか──この全体最適の判断が自分に委ねられるようになりました。目先の案件だけでなく、会社全体を見渡し「限られたリソースをどこに振り分ければ最大の成長につながるか」を考える立場になっています。これは想像以上に難しい挑戦でありながら、非常にやりがいのある仕事です。
これからリーダーを目指す人に伝えたいのは、「コーチャビリティ(学び続ける柔軟性)」を持つことです。つい自分の成功体験や過去のやり方に固執してしまいがちですが、変化を受け入れ、修正を恐れない。必要に応じて方向転換し、新しい方法を柔軟に試す。これがスケールする組織のリーダーに必要な資質だと思います。変化を味方につけられる人こそ、次の成長をリードできる存在だと私は強く感じています。
社長に求められる「全方位の決断力」とバランス感覚
反町(Coupa)私はこれまで3度カントリーマネージャーを務めてきましたが、社長の仕事は全方位的な視点と決断力が求められます。ファイナンス、マーケティング、人事、法務など、全てを理解し意思決定することは難しく大変ですが、同時にやりがいのある役割です。
特に、組織が拡大する中では、部門間の調整と視点の統一が不可欠になります。部門ごとに異なる課題や目標があり、時には衝突も生じますが、それを最終的に束ね、全体最適を導くのが社長の役目です。そこで若いリーダーには「自分の専門領域だけに閉じこもらない」ことを勧めます。自分の得意分野に安住せず、他部門の視点を積極的に学ぶ。 1on1や部門横断の会議に出て実際に議論する、他領域が抱える課題を理解しようとするなど、今からやれることはたくさんあります。これが社長や経営層になるための土台を作るのです。
もう一つ強調したいのはバランス感覚です。社長という立場では、自分の意思を貫くリーダーシップが必要な一方で、周囲の声をしっかりと聞く柔軟さも同時に持たなければなりません。このバランスを維持することは相当な精神力が必要ですし、意識し自戒していないとできないことです。最終的には、腹をくくって決断し、仲間の信頼を背負う覚悟こそがリーダーの本質だと思います。


成長フェーズごとに変わる「スケールの視点」

福田(Japan Cloud)今回のテーマである「スケール」について議論する中で改めて感じるのは、成長フェーズごとに求められる役割や判断軸が大きく変わるということです。特に初期フェーズでは、むやみに営業人員を増やしキャパシティを広げるのではなく、先頭に立つ誰かが試行錯誤しながら“勝ちパターン”を見つけることが不可欠です。その知見を組織に浸透させ、型化・仕組み化することで、初めてスケール可能なモデルが形成され、一気に成長速度を上げることができるのです。
成長フェーズが進むと、人材のバックグラウンドが多様化し、各自が異なる成功体験を持ち込む中で、組織全体をひとつの価値観で束ねることが難しくなります。スケールの成否を分ける要素として語られるカルチャーについて、私は過去に学んだフレームワーク「V2MOM(Vision, Values, Methods, Obstacles, Metrics)」を活用します。「何を一番大切にするのか」を徹底的に議論し、全員のベクトルを揃えることを重視します。その軸がぶれなければ、組織は困難を乗り越え、さらに大きく成長できると信じています。
スケールの本質とは、変化する環境の中で事業と組織を同時に進化させ続けることだと考えます。そして何より、この挑戦の過程でチーム全員が「自分たちが成長の歴史を作っている」という誇りを持てることこそ、スケールの醍醐味だと私は思います。今回のセッションで語られた3人の社長の経験は、次の世代のリーダーたちにとって新たな成長の羅針盤になると確信しています。


次回は、HPLPセッション「未来のリーダーが育つJapan Cloudのタレントエコシステム」の内容をお届けします。どうぞご期待ください!
Japan Cloud Leaders Summit in Karuizawa 2025 イベントレポートシリーズ
②社長パネルディスカッション「市場のない市場をつくる ─ 新カテゴリ創出の最前線」
③社長パネルディスカッション「顧客基盤の広げ方 ─ 信頼構築と初期アプローチの勘所」
④社長パネルディスカッション「スケールの本質 ─ 企業の成長過程で見えた勝ち筋とは」
⑤HPLPセッション「未来のリーダーが育つJapan Cloudのタレントエコシステム」<次回公開>